出発

 ここ2、3日、太宰治記念館である斜陽館に行こうかと考えていた。決心がつかなかったのは子どもがいるからだ。子どもは妻の実家にいるし、妻も何かあれば頼るのは私ではなく両親だろう。私にとって義両親と会うこと、妻の実家で過ごすことは気が重いと妻にはっきり伝えている。

 

 自分ばかり旅行に行ってないで、そのお金をミルクやオムツに使ったらどうだろう。あるいは4月から中学生になる甥の入学祝に贈ったらどうだろう。

 

 いろいろ考えたが、私以外の人間にとっては行かない方がよい意見しか出てこない。それはそうだ。自分勝手な旅行だ。自分しか楽しまない旅行。頑張って子育てしている妻を置いて、生後1か月の子どもを置いていく旅行。ついに今朝、青森に向けて出発した。

 

 新潟から青森までは、新潟-東京-青森のルートと、新潟-秋田-青森のルートがあるらしい。東京を経由するルートは新幹線を使うため出費が大きい。特急の秋田経由のルートで行くことにした。

 

 新潟駅に着いたのは8時14分。この正確な時刻を覚えているのは、このとき特急いなほの時刻表を調べたからだ。8時22分がいなほの始発の出発時間だった。走った。エスカレーターを一段飛ばしでかけ上がる。

 

 切符売り場まで来た。特急の切符はめったに買うことがないため、自動券売機で買えるかどうか心配になる。しかしみどりの窓口は異様に混んでいる。仕方ないので自動券売機で切符を買う。このとき8時17分。あと5分。

 

 5分じゃ間に合わない、と思った。何番線に乗ればいいかわからない。とにかく在来線の改札を通ろう。改札を通る前にまた窓口があった。

「おはようございます。いなほについてお聞きしたいのですが、次のいなほは何番線でしょうか。」

 我ながら馬鹿丁寧に質問する。思いやりの心だ。「すみません、いなほは何番線ですか?」では思いやりに欠ける。挨拶が大切だ。挨拶の後は、話の概要を述べる。そして最後に質問をする。この構成を常に意識している。相手に自分は大切にされていると感じてほしい。

 

 回答を聞く前に、駅員さんの横の小さな電光掲示板に表示されている「いなほ」の文字が目に止まる。それによると5番線だった。「あ、5番線ですね。」と自分の回答に自分で答えた。窓口を出た後で気づいた。改札に大きな電光掲示板があった。

 

 間に合った。8時20分だったと思う。そして今、いなほに乗って笹川流れの美しさに目を奪われている。何度見ても笹川流れは美しい。