弘前

 特急つがる弘前駅で下車した。14時45分だった。五所川原駅まで行こうと思ったが、次の電車までかなり時間があり、それに乗って斜陽館に辿り着いても閉館後であることがわかった。そこで弘前に泊まることにし、翌日斜陽館を訪れることにした。

 

 まだ昼の3時なので泊まるには早い。そこで弘前駅から歩いて弘前城へ向かった。弘前城の敷地に入ると車通りの音は聞こえなくなった。とても静かだった。大きな木がいくつも立ち並び、地面には雪が積もっていた。

 

 弘前城天守閣は冬のために入ることができなかった。天守閣のある丘からは岩木山が見えた。とても美しい。天守閣の周りを取り囲む水堀には氷が張っていた。

 

 天守閣や高く立ち並ぶ木々を見ながら、昔ここに生きていた人々を想像した。同じように岩木山を見て感動したり、せわしなく木々の横を通り過ぎたりする姿がうっすら浮かんできた。

 

 敷地内のカフェでコーヒーを飲み、弘前城を後にした。

 

 旅館を探して歩いた。2件入ってみたが、いずれも泊まることはできず、3件目の小堀旅館に泊まることになった。古風で昔の趣を感じさせる外観。部屋の襖や障子に風情が漂っている。

 

 今日は駅弁しか食べておらず、これから少し飲みに行こうと思う。旅行中も頭から家族のことが離れることはないとわかっていた。しかし飲み食いのたびに感じる幸福感が引き連れてくる罪悪感には慣れることができない。

 

 罪悪感を感じるたび、どのように償えばよいかを考える。どのような罰を受ければこの罪が帳消しになるかを考える。そして罪は罰で消えないのだという考えに至る。どのような罰を受けても、その罪によって与えられた悲しみや傷を癒すことはできない。

 

 こんな逃避旅行は今すぐやめて、家族のもとに戻るのがもっとも幸せな選択だ。後でその分罰を受けるからといって罪を深くするのは、もっとも愚かな選択だ。

 

 そう考えてはいても、歯止めがきかない。昔からそうだった。とことん駄目になるまで、落ちるところまで落ちていく。だから太宰治に惹かれるのだと思う。