『私の個人主義』を読んでいる

 夏目漱石の『私の個人主義』を読んでいる。今日は疲れて最後まで読めないし、やっとの思いで読んだとしてもまともに感想を書けない。もう思ったことを書く。

 私と同じような悩みを抱えていることに驚いた。

私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧きりの中に閉じ込められた孤独こどくの人間のように立ち竦すくんでしまったのです。そうしてどこからか一筋の日光が射さして来ないかしらんという希望よりも、こちらから探照灯を用いてたった一条ひとすじで好いから先まで明らかに見たいという気がしました。ところが不幸にしてどちらの方角を眺めてもぼんやりしているのです。ぼうっとしているのです。あたかも嚢ふくろの中に詰つめられて出る事のできない人のような気持がするのです。私は私の手にただ一本の錐きりさえあればどこか一カ所突き破って見せるのだがと、焦燥あせり抜ぬいたのですが、あいにくその錐は人から与えられる事もなく、また自分で発見する訳にも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなるだろうと思って、人知れず陰欝いんうつな日を送ったのであります。

 

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 引用の方が多くなってしまった。ほぼ引用だと盗作みたいになってしまう。そのように思われないためだけに文字数を稼ごうとして書くのは愚かだが、仕方ない。法律についてもよくわからない。

 とにかく、このような偉人が北を指しても使い物にならないコンパスを持つ私と同じような悩みを抱えていたことに救われた。自分の悩みを積極的に開示できることは、その悩みで自分の価値が減りはしないし、逆に悩みを持つ人間を尊重できるという成熟した考えの現れか。ということは、私もそのような評価を受けなければ平等ではないな。嫌だな。